大判例

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最高裁判所大法廷 昭和37年(あ)3011号 判決 1965年4月28日

主文

原判決および第一審判決中被告人竹内正に関する部分を破棄し、本件を下妻簡易裁判所に差し戻す。

被告人須釜淳、同須釜真輔、同須釜貞雄、同小林国丈の本件上告を棄却する。

理由

弁護人大原信一、同扇正宏の上告趣意第一点は判例違反をいうが、引用の各判例は本件に適切でないから、所論はその前提を欠き、同第二、第三点は憲法三一条違反をいう点もあるが、実質はすべて単なる法令違反の主張であって、いずれも上告適法の理由とならない。同第四点は、憲法一五条、九八条違反をいうが、公職選挙法二五二条一項の規定が憲法一五条に違反しないことは、当裁判所の判例(昭和二九年(あ)第四三九号同三〇年二月九日大法廷判決、刑集九巻二号二一七頁)とするところであり、従って、また、憲法九八条に違反しないことも明らかであるから右論旨は理由がなく、その余は量刑不当の主張であって、適法な上告理由に当らない。

弁護人飯塚信夫、同柏木博、同長谷岳の上告趣意第一点は、憲法三一条違反をいう点もあるが、実質は単なる法令違反の主張であり、その余の論旨は、事実誤認、量刑不当の主張であって、いずれも適法な上告理由に当らない。

しかしながら、職権により調査するに、被告人竹内正に対する関係において、第一審は、衆議院議員総選挙に立候補の決意を有する佐藤洋之助に当選を得しめる目的で八代芳蔵が被告人須釜淳ほか四名に対し金三、〇〇〇円宛を供与した際、竹内被告人は、その情を知りながら右八代を案内し、受供与者に紹介し、更に受供与を勧める等その犯行を容易ならしめてこれを幇助したとして、公職選挙法二二一条一項一号違反の幇助罪としての起訴に対し、検察官の訴因変更がないのに、被告人竹内正が右八代と共謀の上、被告人須釜淳ほか四名に対し前同趣旨で現金三、〇〇〇円宛を供与したという共同正犯の事実を認定し、原審も、右の如き幇助犯としての起訴事実を、第一審判決の如く共同正犯と認定しても、被告人の防御権の行使に実質的な不利益を与えるものでないから、訴因変更の手続を要しない旨判示して、第一審判決を是認している。しかし右のように共同正犯を認めるためには、幇助の訴因には含まれていない共謀の事実を新たに認定しなければならず、また法定刑も重くなる場合であるから、被告人の防御権に影響を及ぼすことは明らかであって、当然訴因変更を要するものといわなければならない。この点に関する原審の法律判断は誤りであるといわざるを得ない。

尤も記録によれば、第一審は、第五回公判期日において共同正犯に訴因を変更すべきことを命じ、検察官から訴因変更の請求がないのに、裁判所の命令により訴因が変更されたものとしてその後の手続を進めたことが認められる。しかし検察官が裁判所の訴因変更命令に従わないのに、裁判所の訴因変更命令により訴因が変更されたものとすることは、裁判所に直接訴因を動かす権限を認めることになり、かくては、訴因の変更を検察官の権限としている刑訴法の基本的構造に反するから、訴因変更命令に右のような効力を認めることは到底できないものといわなければならない。そうすると、裁判所から右命令を受けた検察官は訴因を変更すべきであるけれども、検察官がこれに応じないのに、共同正犯の事実を認定した一審判決は違法であって、同判決および結果に於てこれを是認した原判決はこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

よって刑訴法四一一条一号により原判決および第一審判決中被告人竹内正に関する部分を破棄し、同四一三条本文に則り本件を下妻簡易裁判所に差し戻し、同被告人を除くその余の被告人四名の上告は、同四一四条、三九六条によりこれを棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官石坂修一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官石坂修一の反対意見は次の通りである。

現行法上「訴因」とはいかなるものであるか。その定義を明確にした規定は見当らない。学説中にも亦、未だ定説というべきものがあるとは考えられない。

私見によれば、公訴を提起された犯罪の法律関係は、検察官が起訴状に記載した事実と罰条とによって明確にせられるのであるから、公訴事実が法律的に構成せられたものを以て訴因と解すれば、必要にして且つ十分であると思料する。

ところで本件起訴状に記載された公訴事実は、「被告人竹内正は、八代芳蔵が立候補予定者佐藤洋之助に当選を得しめる目的で、被告人須釜淳等五名に対し、金三、〇〇〇円宛を供与した際、その情を知りながら、八代を右各被告人方に案内して八代を紹介し、更に右被告人等に受供与を勧めてこれを受取らせる等右八代の犯行を容易ならせて各幇助した」というにあって、多数意見は、第一審裁判所において、検察官の請求がないのに、共同正犯に訴因を変更すべきことを命じ、検察官がこれに応じないにも拘らず、この命令により訴因が変更せられたものとして、その後の手続を進め、事実を共同正犯と認定判断した上宣告した第一審判決は違法であり、これを維持した原判決も亦違法であるとするに帰着する。しかしながら、右公訴事実と罰条として記載された公職選挙法二二一条一項一号、一二九条、二三九条一号と相俟てば、「各幇助した」云々の文言に拘りなく、第一審判決が認定した通り、供与罪の共同正犯としての訴因を充足して居たものと言はなければならない。右「各幇助した」云々の文言は、検察官の単なる法的意見に過ぎない。現場において犯罪実行の見張をした者は、意志の連絡がある限り共同正犯になるとするのが大審院数次の判例であり、右判例は、最高裁判所によっても踏襲されて現在に至って居る(昭和二三年(れ)第三五一号同年七月二〇日第三小法廷判決、集二巻八号九七九頁等参照)。右判例の趣旨に徴しても、本件起訴事実は、正しく被告人竹内正と八代芳蔵との公職選挙法違反の共同正犯であると断じて誤りがないであろう。これを以て被告人竹内正の幇助犯であると解するが如きは、誤った法律解釈であり、極めて不自然であって、本件に関する限り、起訴状に記載せられた刑法六二条一項の条文および起訴状に存する「各幇助し」云々の記載の如きは、検察官が、その独自の見解に従って、法定刑に対する法定減軽の事由があるとして居るに過ぎないものとなすべきである。要するに、起訴せられた犯罪の法律関係と起訴検察官の法律見解との間に、法定刑に対する減軽の事由が存するや否やにつき、齟齬があるにすぎないものとしてよいと信ずる。

しからば、本件においては、訴因を変更する必要は認められないのであるから、訴因変更を要するとする多数意見に首肯し難い。

仮に訴因変更の要ありとするも、第一審裁判所は、訴因変更命令を発して居るのであって、右命令には形成的効力があるものと解するのが相当であるから、本件は破棄せらるべき事案ではない。そもそも、訴因変更命令なるものは、裁判所のなす訴訟指揮に外ならない。訴訟指揮という一つの表現であっても、これに単一の意義のみがあるのではない。それには、さまざまの段階と種々の様相がある。その効果も亦、具体的な場合に従っておのずから異らざるを得ない。本件についてこれを観るに、第一審裁判所は、起訴状に記載せられた前記事実が立証せられるならば、公職選挙法違反の正犯が成立するものと解し、検察官がこれを幇助犯の如く起訴状に記載したことを以て誤りであるとして、訴訟を正しい結論に導くための訴訟指揮として、共同正犯の訴因に改めるよう命じたものと解するのが至当である。この様な訴訟指揮の命令には、検察官がこれに従わなかった場合にも、命令通り訴因が変更される効果があるものと断じなければならない。然らざれば、裁判官は、検察官が頑迷に固執する訴因構成の法律見解と、証拠によって認められる事実もしくは自己が正しいと確信するに至って居る法律適用との間に挾搾せられて、憲法の要請する良心に従った裁判を貫き通すことが困難となり、ひいては、裁判の威信を害し、裁判所の結論に対し、世の疑惑すらも招く虞すらなしとしない。それのみならず、訴訟指揮は、立証せられた事実が、常に正しい法律適用を見るため行使せられるべきものであるから、裁判官は、公訴事実に適用すべき法律を正確迅速に見出し、これと検察官の主張する適用法条とが異る場合には、これを正しいものに訂正変更すべきことを命じ、以て刑事訴訟における法律適用に関して矛盾撞着なからしめる責務があるというべきである。而してこの責務が完全に果されるためには、訴因変更命令に形成的効力を認める外はない。かくの如く訴因変更命令があり、これが法廷に明かにせられる以上、その命令に即して、訴訟を進行せしむべきである。若し、検察官において、必要とすれば、予備的訴因を追加し得べく、これによって審理が尽され、当事者において、場合によっては、裁判所の法律見解と相容れない弁論をすらも行うことができ、その結果、裁判所の深い考慮を促すことが可能となり、法廷に反省が生まれ、始めて適正妥当な結論が導き出されることになるのである。かくの如く審理弁論が尽されれば、訴因変更命令に形成力を認めて、何の弊があろうか。当事者が所謂「不意討」に遭うが如きことは、全く、あり得ないのである。これに反して、裁判所が内心に起訴事実と検察官の記載した罰条との間に齟齬があることを意識しながら、そのまま訴訟を進行させたとき、果して適正妥当な結論が導き出されるものであらうか。

右の見地からすれば、訴因変更命令は、訴因変更の結果が被告人に利益となる場合と不利益となる場合とに拘りなく行使せらるべきであると信ずる。この点に関しては、被告人の利益となる場合のみには、訴因変更手続をしないまま訴因と異る事実を認定しても差支がないとするが如く解せられる判例もある。しかしながら、わたくしは、全面的には、これに賛同し難い。蓋し、およそ訴訟は、対立当事者が平等であることが原則である。もとより、刑事訴訟においては、国が訴追権を行使するという特殊性を勘案して、被告人の利益を重視し、これを保護するための多くの規定を設けて居るのは事実である。けれども、なんらの規定なくして、被告人に有利な結論を示した判決を宣告する場合には、訴因と異った事実を認定し、法律を適用するときでも、訴因変更命令を発する必要がないとすることは、一種の感傷的意義においては首肯せられるにしても、到底理解し難い法理である。かかる判例は少くとも訴因変更命令が暗黙裡になされた場合においても、その形成力のあることを認容して居ることを示して居るものである。

当事者平等を原則とする訴訟において、利益、不利益は純粋に法律的に考察すべきであって、被告人に利益となれば、法律的には検察官に不利益な結論となるのであるから、訴因変更の要、不要の問題は、単に被告人に利益なりや不利益なりやの観点のみよりこれを解決すべきものではない。

以上説明したところにより、わたくしは、第一審判決を維持した原判決を、結局、正当とするものであって、これを破棄する多数意見に賛同し得ない。

(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 草鹿浅之助 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎)

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